私は昔からMac好きで、System7の頃からMacを利用しているのですが、仕事や様々な場面でWindowsやLinuxなど多くのプラットフォームに触れます。それぞれいい点、悪い点があり、新鮮な気付きがあります。ウィンドウの最小かなど細かな挙動でもユーザーがこういう動きをするだろうとそれぞれのGUIの設計がされていると思うのですが、それぞれ想定しているユーザーの動作が違っていて、どれが正解と言う訳ではないと思いますが、やっぱり自分はMacが向いているなと実感します。

Windowsを使っている人からMacって使いやすいの?とよく聞かれて、一応「使いやすいよ」と言うのですが、そのときに思うことは「使いやすさ」とは「慣れ」なのではないかと言うことです。もしWindowsのUIに慣れていて、使いやすいと思っている場合、Macにいきなり移行したらWindowsとの操作の違いに困惑し、気が短いひとであれば「使いにくい」と評価を下してしまうのではないかと思います。

ただ、OSXに慣れてしまうと、WindowsのUIは少々Poorだなと感じるかも知れません。例えばExposeという機能やフォントのアンチエイリアス機能(これは好き嫌いあるかもしれません)などモノ書き道具としてつかうのであればMacだなと自分は考えています。

ただ最近は、ブラウザ上でエクセルやワードの編集ができるなどクロスプラットフォームのアプリが一般的利利用されるようになっているので、正直自分が慣れているプラットフォームでFirefoxさえ動けば何でも良いんじゃないかなーと思います

水は低きに流れ、人は易きに流れる
最近ロボットの活用法を考えることがあるのですが、特に人に近い立場で役立つロボットの役割として
●人の動作の支援をするロボット
●人のパートナーとなるロボット
の2つがあるとおもいますが、今回は人の動作の支援をするロボットで面白いものを紹介します

このロボットは筑波大学の山海嘉之氏の研究から生まれたロボットで、大学発ベンチャーとして
現在ビジネスを行って居ます。

Cyberdyne社
http://www.cyberdyne.jp/index.html

この会社の開発している"HAL"は人の動作の支援をするロボットで、カラダに付けて皮膚の電流の動きで
ロボットを動かし、人の力の何倍のものを持ち上げたりすることができます。

写真もカッコいい。。
ピクチャ 1.png



















こういった人の支援を行うロボットは試作段階の物が多く、HALでもかなり高価な物です。
多くの身体的な問題がある方や不自由な方に使ってもらうためにコストダウンをする必要があると
思います。VCや投資家は、こういった企業に投資を行い、量産の仕組みをつくったり、研究開発を積極的に
行うなどコストダウンをし、杖や車いすの様な感覚で利用できるようになったらすばらしいと思います。

投資対象としてもチャレンジしがいのある領域だと思います

参考リンク
山海嘉之が挑む、介護でロボットスーツ「HAL」実用化
http://rikunabi-next.yahoo.co.jp/tech/docs/ct_s03600.jsp?p=000743

アップルとグーグルは世界中で最もCoolなIT企業であるといえるだろう。

アップルやグーグル、任天堂など今をときめくCoolな企業には何かしらの共通点が

素人の目から見てもあるように思う。

私は昨日、AppleStore銀座で、小川 浩さんと林 信行さんの共著である「アップルとグーグル」の出版記念イベント

に出席しました。対談では、シリコンバレーの様子や日本企業との対比など興味深い話をされていました。

できたてほやほやの、まだ出版されていない本書を抽選でいただいたので感謝の意も込めて感想を書きます。

目次

第1章 世界を変え続ける企業 アップルとグーグルの共通項

第2章 アップルとグーグル 異なる戦略とビジネスモデル

第3章 アップルとグーグルの接近と日本にもたらす影響

詳細はインプレスの特設ページ

本書はアップルとグーグルの共通項と正反対の部分を比較し、どのような点が世の中に大きな影響を与えているのかということやどの点が魅力てきなのかという部分を導きだしている。

シリコンバレーを代表する2社を比較検討することによって、世の中にイノベーションを引き起こし続けているシリコンバレーの思想やスティーブジョブズがこだわっている部分を大まかにつかむことができると思うのでこのテーマはとても興味深い。

3章では、アップルとグーグルと日本企業の姿勢の違いや携帯やデジタルライフスタイルに関してどの様な影響を及ぼすか書かれており、大企業のトップの方や起業家を目指している方にぜひ読んでいただきたいと思う。

かんたんですが、ざっくり読んだ印象をかきました。

本の装丁も面白く、MacBookAirを彷彿とさせるカバーや、1ページ開くとマニラ封筒のような素材のページがあるなど結構凝っています

最近、欧米ではお金を借りる際にソーシャルレンディングというサービスを利用する人が増えているようです。
ソーシャルレンディングとは簡単に説明しますと、個人の借りてと貸し手を結びつけるサービスです。
ソーシャルレンディングは別名P2P金融とも呼ばれ、借りたい人は条件をサイトに登録し、貸し手は
サイト上の信用情報を基に金額と金利を提示し、条件の良い貸し手と借り手をマッチングすると言う流れです。

借り手の信用度を測るために、米国のサービスではクレジットカードの利用実績のデータを格付け情報として
貸し手に開示するようになっているみたいです。それに加え、借り手のコミュニティにて、信用度の高いコミュニティを
作り、互いに牽制し合うような仕組みも付加し、貸し倒れのリスクを減らすことに成功しています。

いわば、オークション+SNS+消費者金融の様なサービスといえるでしょう。

日本でも、今年後半にZopaというサービスが日本に上陸するようで、日本独自の法律(出資法など)をどうクリアするのかが気になるところです。
昨今、AppleやSony、任天堂などのコンピューターやコンピューターエンターテイメントメーカーが、音楽配信や、昔のゲームソフトの配信などお茶の間に対してインターネットを通じたコンテンツ配信が盛んになっています。また、Webを通じたエンターテイメントにも変革がおきており、Web2.0といった言葉に代表されるようにユーザーが情報を発信しやすい環境が整備されたり、Webサービスが様々なものから呼び出せるようなAPIを公開をはじめている企業が増えてきている。
 この趨勢のなかで、日本が得意としている家電(テレビ、コンピュータ、ゲーム)などにおいて、表示デバイスやゲームに関しては優位性を保っているものの、コンテンツ配信に関しては、アメリカに大きく遅れを取っている。例えば、音楽配信と動画配信では、iTunesStoreが先行していたり、youtubeやGoogleなどベンチャー企業が提供するサービスがコンテンツ業界の中で幅を利かせている。音楽配信に関しては、Appleが始めた時期より遥か前に音楽配信ビジネスは始まっていたが、それほど普及しておらず、ほぼ立ち消えになっていた。その原因として考察されるのは、音楽を購入し、視聴するためのソフトウェアやDRMの制限が強く、消費者にとってはとても使いにくいものになっていたこと、ダウンロードした音楽を持ち出すのに、各社の囲い込み戦略で、配信サービスによって使えるプレイヤーが限られていること。、一曲あたりの価格が高い。などがあげられる。
iTunesStoreの場合、DRMの制限がゆるく、他のプレイヤーでも視聴できる可能性がたかい、iPodの爆発的な普及、一曲あたりの価格が安いなどの要因が考えられる。
 情報通信技術の発達により、上記に述べたエンターテイメントを皮切りに、医療、ロボティクス、バイオインフォマティクスなど様々な領域の情報がインターネットを通じて流通できるような環境が整備されてきている。
 このような環境のなか、エンターテイメント、バイオなど先端技術をビジネスとして世の中に様々なサービスといった形でイノベーションを定期的に発信しているのがシリコンバレーである。コンピューターのイノベーションであれば、有名なのがGUIを利用したコンピューターを初めて商用化したAppleや、インターネット上の情報を整理しつくすことを目標としているGoogle社など3〜5年のスパンで大きなイノベーションを起こしてきた。日本においても、革新的なイノベーションを提供しているが、定期的にかつ世界的に大きな流れを引き起こすには至っていない。
 技術的な面から考察すると、日本とシリコンバレーとの差異はそれほどないと考えられるがなぜ日本においてAppleやGoogleなどのような企業が生まれないのだろうか。
 まずその原因を考える前に、シリコンバレーの歴史について触れたい。
「シリコンバレー」という言葉は、1971年にジャーナリストのドン・ホーフラーが業界紙「エレクトロニック・ニューズ」で用いたのが始まりとされている。ホーフラーはカリフォルニア州パロアルト周辺の半導体産業を指す呼称として「シリコンバレー」を用いたが、後にはその周辺のより広い地域全体がシリコンバレーと呼ばれるようになった。 
 シリコンバレーの歴史は、スタンフォード大学のターマン教授の支援を受け、パロアルトのガレージからヒューレット・パッカード社が産声を上げた1937 年に始まる。半導体ラッシュを受けて「シリコンバレー」と名づけられ、今日の原型がほぼ固まったのは、1970年代の初めのことである。それまでは、スタンフォード大学と数社のハイテク企業が存在するだけで、アップル社の社名の由来となったリンゴ畑等が広がる田園地帯であったシリコンバレーは、以来、 1970年代のコンピュータ・ラッシュ、1980年代のコンピュータネットワーキング・ラッシュ、そして一時の低迷を経て最近のソフトウェア、インターネット・ラッシュといった形で、その姿を大きく変えてきた。

シリコンバレーの主要企業の勃興
1891 Leland Stanford上院議員がStanford大学設立
1931 Bill Hewlett, David PackardがAudio Oscillator開発会社
設立
1947 William ShockleyがPalo AltoにShockley研究所開設
1957 Gordon Moore, Eugene Kleinerら(Traitorous 8)が
  Fairchild Semiconductorを設立
1968 Intel設立
1974 Apple Computer設立
1976 Oracle設立
1982 Sun Microsystems設立
1988 Cisco Systems設立
1993 Siebel Systems設立
1995Yahoo!設立
1998Google設立

 シリコンバレーがイノベーションを定期的に引き起こしている源泉は、ベンチャー企業である。米国でのベンチャー周辺の背景として、ベンチャーキャピタルによる投資を中心としたリスクマネーの供給、株式公開やM&Aによるキャピタルゲインといった資金調達の仕組みができたことが大きい。また、ストックオプション制度により、関係者には事業を成功させるインセンティブが提供された。さらに、1980年のバイ・ドール法以来、産学連携が進み、大学の技術シーズを活かしてイノベーション競争をリードするベンチャー企業が現れたことも、その増加を促した。

こういった背景もあり、優秀な人は、企業、次に優秀な人は大企業、その他は地方自治体などの公共団体への就職といった順序で就職のレベルが変わる。つまり、優秀な人がスモールベンチャーで新しい挑戦を行えるような環境が米国、シリコンバレーには整備されている。

それと対比して、日本では、優秀な人は省庁の官僚、大企業への就職が多く、ベンチャーへの就職や起業をするといったマインドが育っておらず、フットワークの軽いベンチャーでイノベーションを起こす土壌が日本には整備されていないのが米国と日本の大きな違いだと結論づけることが可能だ。

その代わり、大企業や製造業などの既存の企業では技術をもったいわゆる匠といわれるような人が多く、世界中のエレクトロニクスカンパニーの製品の部品には日本の技術、もしくは部品を作るための機器やソフトが日本製といったことが多い。

米国では派手なエンドユーザーにリーチするようなイノベーションが得意な一方、日本ではそのイノベーションを支える技術のイノベーションが得意であるように思える。
今後、世界の趨勢を見るとソフト開発はインドや中国へのオフショアリング、コンピューター製造は台湾メーカーへの製造委託などルーチン化できる部分は人件費が安価な地域への外注化が進む。今後日本が、技術的イノベーションなどで優位に立つためには、加工貿易で成功したモデルを、今度は知的労働(サービス、研究開発)へのシフトが重要だと考える。そのためには、大企業の優秀な人が、企業なりフットワークの軽い企業へ移って自分のアイデアを高度な技術で形にして世の中に提供するといった流れが今後重要になってくるのではないだろうか。また、それを支援するファンドや、大学でのインキュベーションなどの制度の充実も必要である。
例えば、大学の大学院をイノベーションのための学科(経営学から資金調達・理系大学の優秀な学生への起業支援的な内容)を作るなど大学の支援も必要ではないかと思う。今後は経営と技術の両面を深く理解している人が求められるからだ。シリコンバレーの中心にはスタンフォードがあるように、日本においても、金と知識と人が集まる地域が必要である。事例として、福岡の九州工業大学発のベンチャーが福岡県飯塚市をアジアのシリコンバレーにしようといった活動をしている

議論は情報通信技術に戻すが、テレビ、デジカメなど日本が得意としてきたエレクトロニクスを支えているハードとソフトがあるがハードに関しては半導体は現在コモディティ化が進んでおり、汎用的なプロセッサを利用することが多くなっており、差別化しづらい状況となっている現在、TRON
などハードを制御するためのソフトウェアがより重要となっている。家電製品の制御TRONを利用することが多いが、最近ではLinuxの導入が増加しており、日本の優位性が薄れ始めて来ている。そのような状況の中で、日本が今後先進的なポジションでいるためには、TRONのような世界標準の確立と、GoogleやiPodのようなエンドユーザーに広く使われるようなイノベーションの二面でアプローチすることが重要なのではないだろうかと問題提起できるが、具体的な議論としてはエンジニアの地位の向上と起業やイノベーションを目指す人を創成するための布教活動が必要だと思う。
 今後、日本の情報通信産業ではNGNの構築やFMCなどネットワーク周りの環境が劇的に変化する。特にNGNにおいては、高品質なネットワーク上にリッチなコンテンツやOSまでも「あちら側」においてしまおうといった試みも行われる。新しいネットワークや技術の登場は新しいビジネスチャンスでもあり、発想勝負なところがあり、今後Web2.0と呼ばれるような新しいwebの変化を日本から発信することが可能かもしれない。特にモバイル分野では、高速な通信はもちろん、決済機能などありとあらゆるサービスを収斂するものとなる。情報通信分野での強みであるモバイルと高速通信を利用したアプリケーションの開発が求められる。
こういったようにインフラの面では世界最高水準であるが、その上を走るコンテンツに対する著作権処理や、権利者の意向などによってコンテンツの流動性が低くなってしまうと、いくらインフラがあってもアメリカや韓国、中国にサービス面で負けてしまうと言うことも考えられる。



とちょっとまじめなことを書いてみたけど、NGNは絶対に失敗するよな。。

GoogleがSocialGraphAPIを公開しました。
Social GraphAPIの構成要素の一つであるXFNについて調べてみました。

XFNとは、XHTML Friends Networkの略で、リンク先の人との関係を示すためのXHTMLです。

具体的には、XHTMLのa要素のrel属性で関係を記述することになります。

XFNではリンク先の関係のパラメータがあらかじめ決まっていて、
XFN1.1では
○交友関係
○面識
○職業的関係
○地理的関係
○血縁関係
○恋愛関係

の6つの関係を表すことができます。

XHTMLとかよくわかんねーやと言う人には
XFN1.1作成ツールを使って自動生成して貼付けることができます。

これをどう使うかは今後いろいろと考えてみたいと思います。


私はずぼらな性格なので、何をするにおいても面倒なことを避け気味で
なんとかしなければと思っているのですが、やはりずぼらなので勉強や仕事も同じ成果をどれくらい簡単に・スピーティにできるかという所にはとても興味があります。現在の私は段取りや効率がかなり悪い方だと思うので、まず学習をするための勉強をすべきだと思い、Amazonで何冊か加速学習に関しての本を買ってみました。
ウィジェット
まだ行動に移せていないところもありますが、成果やノウハウなどをこのブログでもご紹介できればと思っています。ご期待ください。

YahooがOpenIDに対応しましたね。OpenID対応記念に
MTにもOpenIDサーバーになることができる(つまり自分のブログのIDとパスワードでOpenID対応サイトに入れる)プラグインがあるので、インストール方法をご紹介します。

1、OpenID Server for MTをダウンロードする。
シックスアパートのサイトからopenid-server-1.2をダウンロード(バージョンは2月2日現在)

openid-serverを選択すると、ディレクトリが表示されるので、一番したのzip Archiveを選択する。

2、アップロード
解凍したら、pluginsディレクトリ以下のopenid-serverディレクトリをMTが動作しているサーバーにアップロードし、pluginsディレクトリ以下に置く。
ex)hogehoge.com/mt/plugins

3、ヘッダーファイルの変更
MT4の場合、デザインタブ>テンプレート>メインページ>ヘッダ
を選択し、<head>タグ以下に次のタグを書き込む
       <link rel="openid.server"
             href="<MTCGIPath>plugins/openid-server/server.cgi" />
そして保存。

3、自分のプロフィールを登録
もしまだ自分のプロフィールを書いていないのであれば、システムメニュー>ユーザー>自分のアカウント
を選択し、WebサイトURLを含め記入します。

4、再構築!
これであなたのブログのアカウントでOpenID認証に対応しているサイトにログインすることができます。

試しに何個かのOpenID対応サイトに登録してみましたが、登録できるサイトとできないサイトがあるようで
原因を追及してみたいと思います。(認証時のリダイレクトあたりに問題がありそうな気がしています)

あけましておめでとうございます。

最近、年末年始の感覚についてなんとなく違和感があります。
私が高校くらいまでは、年末年始は親が煮物を作ったり・しめ飾りを作って飾ったりして「お正月」を迎える感覚は日常と違ってワクワクしたり、気持ちの面での「区切り」というものがあったような気がします。テレビでも12月31日の深夜ではカウントダウンや年が変わることに対しての特別感の演出が強かった記憶があります。

ここ数年で、しめ飾りは作る物ではなく店で売っている既製品をペタっと玄関に貼ったりするようになり、おせち等は注文したりして年末行事の簡素化が進んでいるのを実感しております。

簡素化してしまうと、元旦を迎えるための心の準備が希薄になってしまい、何となく年をこしてしまっているようで、気持ちの区切りがつきにくいのではないかと思います。

テレビ番組でも、12/30の23:59-00:00の時間帯において何のアナウンスもなくダラダラと放送する番組が増えてきました。

上に書いたことは別に良い悪いということではなく、私が感じる年越しに関する感覚の変化を殴り書きしてみました。